ラダーの話

2002年12月29日

 いよいよ今年も押し迫ってきて、当初の予定では、今ごろ沖縄で悠々と年越しをしているはずなのだが…などと思いつつ、寒さにふるえながらモニターに向かっている。なにしろ、仮住まいなものだから、机もなく、引っ越しの時に使った段ボールを重ねて机を作ってある。キーボードの下は、ちょうど例の発電機の段ボールが横になっていて、HONDAなどとプリントされた上でマウスが転がっている。
 そんな状態なのだが、今日は休みだったので、前々から気になっていた洗面台を掃除していた。どうも、この町の水道はカルシウム分が多いらしくて、風呂にせよ洗面台にせよ、白い粉が吹いたように汚れてしまって、普通では落ちないのだ。そこで、朝から薬局に行って、塩酸を含んだトイレ用洗剤とクエン酸を買ってきて、カルシウムを溶かしてやろうと画策したのである。
 しかし、長年に渡ってつもったカルシウムは、そう簡単に落ちるものではなく、3回腐食させてみたが、完全には落ちなかった。さすがにあきたので、水洗いして酸だけ流し、掃除を終わってしまった。何か他にカルシウムをうまく溶かす方法があったら教えてほしい。何とかして、洗面台の艶を取り戻したいのである。
 もっとも、中古で買ったマンションだし、ほとんど寄りつかなかったので、当初から艶があったかどうかは疑わしいのだが。

 さて、今回の話はラダーの話である。ラダーというのは、日本語に直すと「舵」のことである。ヨットの雑誌に「舵」というのがあって、そこの編集チーフの植村さんは、かなり昔からの知り合いなのだが、いまだに河童に連載の話を持ってこないのはけしからんと言うことは、今回関係ない。
 実は、以前からHPを見ている人はご存じだと思うが、かわうそ号のラダーは特別製である。作ってくれたのはY−14クラブの自作仲間、柄沢さんなのだが、一時帰国して電話したら、このラダーが役に立ったかどうか気にしていた。役に立ったも何も、この特製ラダーがなかったら、今ごろ無事にはおりませんがな、と話したのだが、どうも言葉だけでは足りないような気がするので、今回は柄沢さんのために、柄沢特製ラダーがどれほど役に立ったのか、と言う話を書くのである。

 まず、もともとかわうそ号には、チェサーピークから買ったラダーをつけてあった。かわうそ号の元設計は、チェサーピークのトレードエイボンというフネであるが、図面を買う時についでにラダーも買ったのである。届いてみると、ラダーブレードにはフェザークラフトのサインが入っていた。フェザークラフトというのは、河童も1隻持っているが、組み立て式カヌーのメーカーである。なんのことはない。チェサーピークは、フェザークラフトから部品を買って販売していたのだ。
 まあ、それ自体はいいのだが、このラダー、大型サイズのものを買ったにもかかわらず、かわうそ号には小さすぎた。柄沢さんも来てくれた、神奈川県の長浜(なはま)での、Y−14クラブ河童歓迎会の時にも、ラダーが小さいことは話題になったのである。

 それでも、ともかくこれで九十九里浜まで入ったのである。ところが、ここで現在のところ、かわうそ号唯一の沈をしてしまった。港に入る時にゲールにまかれたのである。まあ、覚悟の沈(だって、港の入り口、白波たってんだもの)であったので、すぐ沈脱して(かわうそ号でロールは不可能である。そもそも河童はロールができない)立ってフネを引っぱっていったのだが、この時、砂浜でラダーを曲げてしまった。
 そこで、ラダー交換ということになったのである。

 ここで登場するのが柄沢さんなのである。なにしろ本職が金属加工業。図面さえ持っていけば、できないものはないといわれる大田区に工場を構えている。長浜で会った時も、
「図面だけ送ってくれれば、なんでも作れるから」
と軽く言われてしまった。実際、Y−14クラブのメンバーのフネに付いているステンレス金具は、ほとんどが柄沢さんの作ったものなのである。
 さっそく、河童も図面をFAXで送り、ついでに長さを20センチ伸ばしてくれるよう頼んだ。
 3日後、「KAWAUSO」と銘の入った特製ラダーが届いたのである。

 カヌーは、細身で全長が長いため、大きな波にもまれると、水面からバウとスターン(船首と船尾)が出てしまう。そのため、特に後ろから波を受けるような状態だと、ちょうど波がスターンを持ち上げた瞬間に、舵がきかなくなってしまう。こうなると、フネが波の斜面にそって横を向いてしまう。これは実に恐ろしいことで、そのままだと真横から波を受ける格好になってしまうのだ。ここで波が少しでも巻いていたら最後、あっという間にひっくり返ってしまう。昔、紀伊半島を漕いでいた時に、舵取崎の沖合でこういう状態になり、必死にパドルで向きを保って乗り越えた。今回の航海でも、駿河湾で同じような状態になって、きわどいところで逃げ込んだことがあった。舵が効かなくなると言うのは、命にかかわるのである。
 この20センチのびたラダーの効果はすばらしく、この後、どんな波の中でも舵がきかなくなることはなかった。そして、この航海の最大の山場、津軽海峡で威力を発揮することになるのだ。

 津軽海峡は、年中風が吹いている。これがどっち向きの風にしろひどい強さで吹きまくり、ただひたすら暴力的に吹きまくるのである。津軽海峡のあちこちの灯台で観測した風の強さを、電話で聞くのだが、十数メートルなどというとんでもない数字が毎日出されていて驚いた。
 当然、こういうところであるから、そう簡単に進めず、本州最北端の大間を目の前にして一週間も待ち、少々風が強かったが、追い風が吹くと言うことで、フネを出したのである。ところが、いくら追い風でも、強けりゃろくな事にならないのである。
 
 大間に入る直前、ひかえめに見て2メートルぐらいの波が真後ろから襲いかかってくるようになった。信じられないことだが、かわうそ号が波に乗ってプレーニングした。GPSで13キロという、とんでもないスピードが出たのである。後ろから来る波がかわうそ号のスターンをひょいと持ち上げ、あれあれと思ううちに、フネが波に乗ってすっ飛んでいくのだ。バウは海面に潜って、デッキの上を水が走ってくる。そいつが波よけにぶつかって二つに割れ、目の前に水の壁ができた。大ピンチである。ここで少しでも傾いたら、即、沈。波に対してフネを直角に保つ以外にひっくり返らない方法がない。波にそって向きを変えようとするところを、無理矢理おこすしかないのだ。
 この時、ペタルを踏んでも、ペタルは固まったように動かなかった。というのは、この波の中でもラダーは水をつかんでいて、時速10キロ以上というハイスピードの抵抗でとてつもなく重くなってしまったのである。もちろん、それだけの抵抗があるということは、舵が効いているということで、かわうそ号は最後まで横を向かなかった。
 もし、ここで特製ラダーをつけていなかったらと思うと、ゾッとする。間違いなくフネはいうことをきかず横を向いていただろうし、あの波の中で沈したとなると、はたして起こせれたかどうか。ともかく、ラダーのおかげで、命拾いをしたことだけは確かなのだ。柄沢さん、ありがとね。

 しかし、全体に市販のシーカヤックのラダーは小さすぎると思う。うねりの中で漕ぐのなら、もっと大きくてもいいと思うんだけど。もっとも、そんなときに乗る方が間違っているのかもしれないけどね。ちなみに、ラダーの取り付け部ですが、これまた自作仲間の愛知金物からもらったステンレスパイプで強化してあります。普通の取り付けで、ラダーだけ大きくすると、取り付け部分が壊れると思うので、念のため付け加えておきます。

こうしてみても、大きいな。
実効面積300%アップ
(当社比)
銘が入ってるんですよ。
この波の中で、沈したらと思うと…。
やっとたどり着いた大間崎。
この時で風は10メートルを超えていた。