下北弁における言語学的誤解と温泉

2002年9月23日

青森県六ヶ所村

 朝、定置網をあげてきた漁師に聞いたところ、六ヶ所村に温泉があるという。
「ちょっと遠いけどな」
という一言に、どれくらい、と訪ねると、たしかに
「自転車で15分」
と言った。それぐらいならたいして遠くないじゃないかと出かけていったのだが、これが言語学上の誤解であることは、自転車で1時間も走り回った結果から、身をもってわかった。

 誤解は下北弁の発音にある。河童の耳するところ、下北弁では、「た行」の発音が、しばしば「だ行」の音になる。ようするに濁音化するわけだ。河童の知るサンプルがそれほど多くないので、これをもって下北弁のパロールと決定づけるには、なおサンプルの収集が必要であると思われるが、ともかく濁音化するのである。
 ついでに、寒い地方であるせいか早口で、なおかつ口を必要最小限にしか開かず、聞き取りにくいのである。こう見えても河童は耳はいい。かつて若かりし頃、アメリカなんぞへ遊びに行って、いいわけ程度に英語学校に通っていたのであるが、ここでもたとえば「can」と「can't」の聞き分けなど、一度も間違えたことがなかった。しかし、問題は英語ではなく、第一言語の日本語である。もっとも、下北弁がはたして日本語に入るかどうかと言う根本的なところに疑問がないわけではないのだが、ともかく普段耳にして、自然に習得した言語の仲間には違いない。しかし、その河童の耳を持ってさえ、下北弁のヒアリングは難解なのである。

 つまり、温泉があると教えてくれた親切な漁師は、こう言ったわけである。
「自動車で15分」
 ところが、河童の耳は、その音をこう理解した。
「自転車で15分」
 なぜ、こういった誤解が生じたのか解説する。
 下北弁で「自動車」の発音は「じどうしゃ」である。同じく下北弁で「自転車」の発音がどうなるかというと、先程述べた濁音化の法則が適応され「じでんしゃ」となる。「じどうしゃ」と「じでんしゃ」。ローマ字にしてみるとわかるがjidoushaとjidenshaと、ごくわずかしか違いがないことがおわかりであろう。発音記号を使って説明できないのが残念である。
 そして、これを不明瞭な発音、かつ早口で話されたら、下北弁を習得していないものにとって、もはや正確なヒアリングは不可能である。

 その結果、自転車を1時間もこぐことになってしまった。やはり語学は、しっかりと勉強するべきである。

六ヶ所温泉。
日本で一番深いところからでているらしい。
日本で一番遠いの間違いだと思う。
六ヶ所村風景。
元はただの丘陵地のようだ。
原子力施設と石油備蓄基地が広がる。
村の図書館。
これはどこかの社宅。
ちなみに、こういう建物がたくさんある。
これだけ見ると、郊外の新興住宅地みたいだ。
でも、全部社宅もしくは寮で、個人所有ではない。