老人とウニ

2002年8月14日

宮城県志津川町

 茨城から宮城にかけて、ウニのことを「ガゼ」と呼ぶ。ガゼは潜ってとるのだが、このことを「くぐり」という。このくぐり漁をしているのは、ほとんどが老人である。老人、といっても、浜の老人というのは、とても老人とは思えない体格をしていて、てっきり50代だと思っていた漁師が、実は70を越えていると言われて驚くことが何度もあった。

 これら、老漁師の話を聞くのは少し寂しい。
「昔はなあ…」
で始まる話は、彼らが全盛期だった頃の話で、ちょうど僕が生まれる頃の話である。
「この磯にも、ガゼがたくさんいて、おもしろいように儲かった」
と、老人は言う。ちょうど、日本は高度経済成長期で、ウニもアワビも採れば採るだけ売れたのである。
「しかしなあ」
と、老漁師は言う。港が拡張され堤防ができ、潮の流れが変わって、磯の様子は一変した。ウニもアワビも、みるみる減っていった。海の汚れだけが、原因ではないという。
「結局なあ、バランスというものをくずしてしまったんだよ」
海にのびる堤防を眺めて、老人は目を細めた。その先には、昔の風景が映っているのだろう。
「でもな」
そういって、いらずらっぽく笑った。
「あと十年もすれば、また元に戻る」
「?」
「くぐりをやる者がいなくなる」
この磯のくぐり漁師は、全員が60過ぎで、あと10年もしたら、ウニを採る漁師がいなくなるという。くぐり漁を継ぐ若い者は、ここには残っていないと言う。
「まあな、それでいいのかもしれん」
こんな不安定な仕事を、若い者にやれとは、とても言えないという。波が立てばだめ、水がにごればだめ。潜れば金にはなるものの、潜れる日の方が少ないという。今年は特にひどく、7月は2回しか潜っていないと言った。

「ほら、食べな」
 そういって、老漁師はウニをさしだした。断るのも悪いと思って、ありがたく受け取るが、そのウニの味はホロ苦い。
 失ったものは、ウニの甘さだけではない。