約束

2002年8月12日

宮城県志津川町

 小さな、港町での話である。

 いつものようにスロープのすみにフネを引き上げ、その横にテントをはった。すり鉢のようになった町の雑貨屋で少し食料を買い、テントに戻って食事の用意を始めた。雑貨屋で仕入れた、いつが賞味期限かわからないスパゲティが今日の夕食だ。一緒に買ってきたパンは、今日が賞味期限だった。
 コンロを取り出し、ナベに水を入れて火をつけると、ゴーっという音とともに勢いよく炎があがった。パイプイスに腰をかけ、湯のわくのを待っていると、どこからか小学生ぐらいの女の子が姿を現した。物珍しそうにこちらをみている。しばらくこちらを観察していたが、やがて思い切ったように近づいてきた。
「こんにちは」
こちらから声をかけると、ぴくりと足が止まった。好奇心いっぱいの目をしている。
「おじさん、どこからきたの」
「ずっと向こう」
「どこへ行くの」
「ずっとあっち」
そういうと、少し不満そうな顔をして、僕に近づいてきた。彼女の不満を取り除くべく、これまでの旅の話と、これからの予定を話すと、目を輝かせた。
「怖くないの」
「まあね」
 やがて湯がわきだした。食事の支度もしなければならないし、日も暮れてきたので、少女を帰そうと、そろそろご飯じゃないのというと、誰もいないもんと答えた。聞いてみると、母親は働きに出ていて、帰ってくるのが遅いということだった。お父さんは、と聞くと一言、いない、と言った。
 帰る様子もないので、しかたなく、
「一緒に食べるか」
と言うと、
「うん!」
とはじけそうな顔が帰ってきた。
 二人分のスパゲティをナベに入れて、ゆであがるのを待つ。その間に彼女の話を聞いた。地元の小学校の5年生。年の近い子がいないので、いつも一人で港に来て遊んでいるらしい。ずっと、海をみている、といった。
 やがてスパゲティがゆであがり、インスタントの具を混ぜてスパゲティが完成した。
「はい」
といってボールをわたすと、いただきます、ときちんと言って、キャンプ用の二つ折りのフォークを器用に使い、スパゲティをくるくると丸めた。

 多めに作ったスパゲティも、二人ですっかり平らげてしまい、後かたづけを始めると、少女はいつもしているといって、手際よく食器を洗った。もう、すっかり日も暮れて、港の街灯だけがあたりを照らしている。さすがに、帰さないといけない。
「さあ、もう帰りなよ」
そういうと、少し黙って、しかし小さくこくりとうなずいた。
「明日は何時に行くの」
たぶん7時頃、と告げると、彼女はとことこと階段を上り帰っていった。

 翌朝、出航の準備をしていると、彼女が再びあらわれた。ちょうど話をしていた漁師をかき分けて、近寄ってきた。
「はい」
差し出された袋には、小さなチョコレートがたくさん入っていた。そして手帳を取り出して、住所を教えてほしいと言った。
「いいけど、帰ってからしか返事書けないよ」
1年先か、1年半後になるよといっても、待ってる、といって手帳を差し出した。住所を書き込み、ふと思いついて日付と、かわうそ号、と書き加えた。

 彼女からもらったチョコレートを、レーションコンテナにつめこんでパドルをとった。彼女は、防波堤の先端まで僕を追いかけてきた。
 僕はパドルをおいて、大きく手を振った。そして、彼女に返事を書くためへの一漕ぎを、ゆっくりと大きく漕ぎだした。

小さな、港町での話である。