エリ、エリ、レマ、サバクタニ

2002年7月4日

 もー、どうしてこういう事になるのだ。毎回毎回の事ながら腹が立つ。

 今日はちゃんと朝4時に起きた。出航する支度も整えて、またしても見送りに来てくれた社長が見送ってくれた。

 ところが、である。
 港を出て100メートル行ったところで霧に巻き込まれて視界がなくなった。何か白いものが流れてきたなあ、と思ったとたん、まったく何も見えなくなってしまった。すぐ後ろにあるはずの防波堤も見えない。これは困ったぞと思いながら、ともかく那珂湊港の外堤を探そうと漕いでみたものの、どこからか本船の不気味なエンジン音がする。この濃霧では、本船は出港停止で動けまいと考えていたのだが、どうも読みが甘かった。こうなると、どうにも動きようがない。下手に動いて本船航路に迷い込めば、大型の本船にぶつけられるおそれがあるし、GPSを頼りに戻るにも、今度は漁船にぶつけられるおそれがある。どっちにしても、ステルス性能抜群のかわうそ号は、危なくてしかたないのである。ただ単に浮かんでいるだけでも、向こうから来られたらお終いである。
 弱り切ったところに、突然ブイが現れた。霧の中から、まさに現れたという表現そのままに、ひょいと輪郭が出て、ポンと色が付いた。漕ぎ寄ると、那珂湊港のNo5ブイである。緑ブイなので、これを越すと本船航路になる。ともかく、このブイにぴったり寄って離れないことにした。ブイは間違いなくレーダーに映るので、これにぶつかってくる本船は、ごくまれにしかいない。漁船も近寄ってこないはずである。しかし、視界はますます悪く、20メートルほどしかなくなってきた。少し漕ぐのをさぼると、頼りのブイの姿も薄くなっていくのだ。
 ブイを頼りに、待つこと1時間。霧はまったく晴れる様子を見せない。戻るか、留まるか、判断のしどころである。迷ったのだが、このままいてもなんの進展もないので戻ることにした。GPSをセットし、いつもかけているラジオも切り、耳をダンボにしてブイを後にした。視界はあいかわらず2〜30メートル。本船はいないものとして、漁船の接近は音だけが頼りだ。港までは1キロちょっとしかない。普通に漕げば15分といったところだ。
 パドルの水音もひかえめにして進んでいくと、かすかにエンジン音が聞こえる。位置は正面。距離は不明。進行方向もわからない。どっちに逃げる? 右か? 左か? パドルを構えていると、霧の中に白い漁船のシルエットが出た。一瞬おいて色が付き、全容が現れる。遊漁船だ。この霧の中、釣り客を乗せて出ているようだ。向こうも速度を落としているので助かった。
 このフネをかわすと、残りは600メートル。防波堤の影はまったく見えない。出てきた時の航跡を頼りに慎重に近づいていく。港のまわりは、磯かテトラかなので、うまく入り口を見つけないと、巻かれるおそれがある。GPSが200メートルを示した時、霧の中に黒い棒状の影が出た。防波堤である。入り口をドンピシャで探り当てた。ところが、港に入ってみて驚いた。港の中が見えない。岸壁に沿って漕ぎ、やっとの事で朝いたスロープにたどり着いた。振り返ると、すでに防波堤が霧の中に消えていた。

 しかし、こんな程度だったら、河童もいつものことと嘆きはしない。この話には続きがある。この後も霧は晴れず、いちめん真っ白なままだった。ともかく12時まで待って、視界が戻れば、少しでも北上しようと、カヌー装束のまま待機していた。断っておくが、カヌー装束のまま、じっとしているとけっこう寒いのだ。それでなくても少々風邪気味の河童は、まとわりつく霧の水滴を振り払いながら、ふるえていたのである。10時が過ぎ、11時が過ぎ、霧はいっこうに晴れない。少し風も出てきた。普通、風が吹いてくると霧は晴れるものなんだが、この霧は全然消えない。11時半、どうしたものかと漁師に聞いてみた。これだけ吹いていても晴れないんだから、今日はこのままだろう、と漁師は言った。それならばと、少し早いが着替えをして、本日滞在と決定した。
 ところがところが、自転車を組み立ててふと見ると、さっきまで辺りに漂っていた水分がない。いつのまに向こうの防波堤がはっきり見えている。高いところに上がると、那珂湊港の外堤がはっきり見え、No5のブイがすぐそこにあるではないか。時間11時45分。河童が12時30分まで立ち上がれなかったのは言うまでもない。

 ちなみにこれを書いている午後4時現在、視界10キロ。天気晴。外堤の一番向こうまで見えている。河童はホテルニュー白亜紀の2階ロビーで、朝くっついていたブイを眺めながら、パソコンをたたいているのである。白い1日は、こうして過ぎていくのである。

朝6時に、わざわざ来てくれた社長。
まさか、舞い戻ってこようとは…。
いきなりこの視界。
港に帰ってきてもこの様子。
まったく見えなかった。
ところが12時ちょっと前から
この上天気だ。
矢印のブイがNo5。
海は怖い。