最終レグ2

  2004年7月20日

三重県南島町古和浦湾さらくわ〜蒲郡

 翌日は4時に目を覚ました。真っ暗な中で準備をしていくのだが、テントを撤収する手間もないし、荷物もほとんどないので、あっという間に準備が終わってしまった。日の出を待って漕ぎだした。

 古和浦湾のなかは、いかだがぽちぽちと浮いて、漁船が走り回っている。前日、さらくわのオーナー、Tさんとのブリーフィングで様子を聞いていたので、漁船を避けながら湾外に出た。
 予想通りのべた凪である。うねりも、まったくない。
 そこで、リアス式海岸の志摩半島を東へと進むわけだが、どうもGPSの速度がのびない。かわうそ号の、通常巡航速度は時速5キロである。フツーのカヤック乗りなら、「なんだその速度は?」と思うであろうが、全長6.4メートル。幅0.8メートル。自重50キロ。標準排水量がおそらく200キロ近い巨艦である。こいつを12時間連続で漕ごうと思うと、これ以上力を入れて漕ぐ気にはならないのである。しかし、この日の荷物といえば、テントに寝袋にマット。あとは多少の炊事用具だけで、荷物としては20キロも入っていない。その軽排水量にもかかわらず、GPSが示す対地速度が5キロ以下なのだ。
 考えられる原因はただ一つ、潮だ。
 はたせるかな、浮いていたブイに近づいてみると、しっかり逆方向から流れてくる波紋ができていた。日本一周のほとんどの区間で、潮は逆から流れていたのだ。2002年は三陸、青森、津軽海峡。2003年は土佐湾、日本海。ほんらい、順潮でいけるはずのところでさえも、なぜかかわうその通るところだけ逆流になっていたのである。結局、最後の最後まで潮にはたたられるらしい。
 嘆いてもしかたないので、じーっと我慢しながら東に向いて漕いでいった。

 この日の目標は大王崎だった。古和浦湾から大王崎まで46キロ。1日のペースとしては、まあまあである。そこで、逆潮の中、へこらへこらとパドルを動かした。正直言って、いいかげんパドリングにはあきている。いくらか飛ばし、いくらか漕げなくなったところが出てきたとはいえ、4500キロほど漕いだことになる。正確に測ったわけではないが、かわうそ号では、パドル1漕ぎ1メートルぐらいしか進まない。そうして計算してみると、1キロ1000漕ぎ。4500キロで45万漕ぎもしていることになる。それでなくても飽きっぽい河童が、こんな事をしていること自体が奇跡みたいなもんだ。この努力を、10代に勉学に向けていたら、今よりずっといいポジションにつけていたと確信するのである。しかし、そういうことには、向かわないんだわなぁ…。

 さて、夕方近くにやって、ようやく麦崎という岬についた。この辺りは海女が潜って漁をしている。海面に上がってきた海女が、かわうそ号を不思議そうな目で見ていた。

 潮の時間を合わせてあったので、上げ潮に乗って大王崎を簡単にかわした。ここまでは計算通りである。さて、このまま大王の港にはいるか、それとももう少し北に登って、翌日のアドバンテージを稼いでおくか、防波堤の沖で浮かびながら考えていた。日没までには、まだ2時間半あった。もちろん通常の旅モードであれば、さっさと港に入ってテントの準備をするんだが、今回の場合、短期決戦で3日の勝負である。多少無理をしても、あとがどうにでもなる。
 結局、もう10キロ北の的矢湾をめざすことにした。ここまで漕いでおくと、翌日の伊良湖水道横断がずいぶん楽になる。

 ところが、この10キロが意外に厳しいものとなった。潮が、またしても逆に流れているようで、全然スピードが出ない。すでに50キロ近く漕いでいるので、腕の力もそれほど残っていない。一漕ぎ一漕ぎがひどく重くなってきた。こういうときは、本人の自覚がないまま、エネルギーが不足している場合が多いので、ひとまずビスケットを口にしてみたが、いっこうに回復しない。それでは、水切れかと思って水分を補給してみるが、やっぱり回復しない。となると、これは…、本気で疲れているのである。

 結局、的矢湾の入口を目の前にして、湾内にはいることをあきらめた。灯台のすぐ南側に砂浜を見つけたので、そこへかわうそを引っぱり上げた。ふだんは浜あげ厳禁のかわうそ号であるが、荷物が入っていなければ、どうってことなく引っぱり上げることができる。

 日没直前だったので、すぐにテントを張り、食事の用意をしようとして、また愕然となった。たった3日の食料なので、インスタントラーメンだけでいいと、ラーメンは買ってきた。コンロも持ってきた。鍋も新調した。なのに、ボンベがどこにもない…。
 結局、ビスケットを数枚かじったままで、何をする気力もなく、テントの中にひっくり返った。
 明日は、いいことあるかなあ…?

どうしていつも逆に流れるんだ?
あるいは、潮というものは、逆に流れるものと
解釈すべきなのか?
そうして逆流の中を漕ぎ、たどり着いた大王崎。
ヨットで何回も通ったところなので、あまり感激は
なく、それより、もう10キロ漕ぐかどうするかに
関心が移っている。
的矢の南側の砂浜。
荷物がないと、がらがら引っぱってあげられる。
いつもは砂浜なんか入れちゃったら最後、
引っぱり上げるのに1時間半たっぷりかかる。
下にコロを入れても、コロごと沈み、10センチずつ
しか移動できない。