引っ越し河童

  2004年6月6日

冬眠からはさめている

 佐世保の小学生が小学生を殺害した事件ねえ、あれやこれや言われるけど、本当の根っこはもっと単純なところにあるんじゃないかという気がしてならない。小学6年生って、かれこれ10年以上も仕事で付き合ってきてるけど、そう複雑じゃないぞ(笑)。いや、もちろんそれなりに複雑なところはあるけど、行動の衝動というのは案外単純なんだな。それをうまく利用して、河童なんぞは特製シール1枚で漢字テストの平均点を上げたり、宿題提出率を引き上げたり、いろいろするわけだ。だから、今度の事件も、チャットだとかホムペだとか、そういう2次的なものはともかく(マスコミと大人は、すぐにこうした「自分たちの世代にはなかったもの」の原因にしたがるが、こういうのはあくまで2次的なもので、問題の本質とは違う。グーデンベルグが印刷を発明したから殺人事件が起こったか?)ようするに、この加害者に抑制がきかなかったんだろう。つまりは、親のしつけが悪い。
 このしつけについては、河童は日頃からくちばしを酸っぱくしていっているとおり、3歳までにしっかりやっておくべき。朝起きたら挨拶する、食べる前にはいただきますという(お祈りでも可)、開けた戸は閉める、引き出した引き出しは戻す、遊んだおもちゃは片づける。こういう単純な動作を3歳までにたたき込んでおかないと、あとで修正が聞かない。当然、これらを教え込むのに、体罰は必要。だいたい、3歳までなんて、言語習得の段階からいっても、親との会話なんぞ成立しない。よって、いけない動作をした時には「痛い」という刺激を与えて、行動の修正をしてあげないと、本来の「正しい行動」ができなくなる。ついでに、自らの衝動に対する「抑制」も利かなくなっていく。
 たぶん思うんだけど、この加害者の親、これやってなかったんだと思うよ。だから「殺してやる!」という衝動にも抑制が働かなかった。
 
 子どもはかわいいらしいけど、かわいがるだけでは、かわいくならんのさ。


 さて、本題にはいるのだが、だいぶん書かないといけない話がたまってきたなあ。能登の話も書かなきゃならんし、かわうそ号も、いつまでも秋田にいてはまずいんだが。

 なにしろ、日常がちと忙しい。先週の日曜、名古屋に引っ越しをして、2年前大量に運んだ荷物を、また運びなおして、次に何をやっているかというと、選別して捨てに捨てている。前にアパートを引き払う時は、出発前の大混乱の中での引っ越しで、選別するも何もなかった。とにかくあとの始末は帰ってからつけるから、部屋にあるものをすべて運んでしまえ、と運び出してしまったのだ。それで今回、ようやく2年越しに選別する事ができ、苦労して運んだ荷物の大半が捨てられるという事態に陥っているのである。
 しかし、前のアパートに10年近く住んでいたこともあって、出てくるものが古い古い。94年95年製というものはざらで、なかには90年ごろの、とっくに捨てられた機械の取扱説明書とかでてきて、いったいオレの部屋は何だったんだろうかと、あらためて思ってしまった。どうりで狭かったわけだよ。
 昔、貧乏だった頃に無理して買ったものとか、いろいろ思い入れはあるんだが、今回は感傷をすみっこに置いて、ビシバシ捨てている。おかげで部屋はすっきりしつつある。河童の人生も、すっきりしつつある(泣)。

 というわけで、近況報告になってしまうのだが、また夏の計画を作成中である。残りは三重の紀勢町辺りから、蒲郡まで戻ってきて、旅に終止符を打とうと思う。北海道だって5分の3漕いでないし、残ったところに心残りはあるけど、まあいいじゃない。あまりそちらにこだわると、いままでしてきたことが、おもしろくなくなってしまうので、深く考えない。この2年、本当に天候悪かったし、自然には勝てんよ。たぶん、全漕行距離は4500キロぐらいになると思う。足かけ3年、まあ良くやったよ、と自画自賛したい(笑)。

あまりに片づかない荷物に
「ホワァ〜イ?」状態の河童。